南信州・遠山の保険屋さん便り

南信州は遠山郷の損保・生保代理店M&Mトオヤマです。姓は遠山、生まれも育ちも遠山にです。皆様には親子2代で大変お世話になっております。さあ、ここは2代目遠山の見た遠山郷の話題を中心に日々を綴ります。

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DeNA? それとも モバゲー?

横浜DeNAベイスターズが有力視されているとか? 先日のことこちらのブログでも「モバゲーベイスターズ」の新球団名の可能性を書きましたが、しかし、DeNAの可能性も否定しませんでした。

そうしたら、現実問題として、巨人の渡辺さんがモバゲーにクレームしたことから、急転、DeNAが浮上!

要するに、球団名に企業名はいいけれど、商品名はNGという理屈なようです。

明文化された規約だったら、もっと前から分かっていたでしょうに。

日本ハムはいいけれど、「シャウウエッセン・ファイターズ」はダメ。

でも、ヤクルトは社名も商品名も同じだし、楽天も同じようなもの。中日も阪神も西武も、企業名の一部のようなものですし、楽天だって同じようなものです。

そう考えると、この辺りの線引きもなかなか難しそうです。

同じようなことはJリーグでも言えて、以前に浦和レッズの「ダイヤモンズ」が取り沙汰されたこともありました。

三菱の「菱」が、日本語ではダイヤモンドなんだとかで、ウーンと唸ってしまうしかなくて、こちらもなかなか難しい。

そう考えたら、これまでの横浜ベイスターズには、どこにもTBSの匂いが無くて、とき既に遅しではあるけれど稀なケースだったんですね、きっと。

そんなわけで、いろいろと物議をかもした、モバーゲーの問題ですが、DeNAで落ち着きそうとのこと。

ケチがついただなんて思わないで、このことで取上げられただけでも、何らかの知名度アップに貢献したと思って、前向きにいきたいものですね。


<完>

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高速道路に人がいたら

最新の「JAF Mate」を読んでいたら、たいへん興味深いというか、にわかには信じがたい、「怖い」記事を目にしましたので、ご紹介します。

冒頭、タイトルにも記したとおり、もし、あなたが高速道路でクルマを走らせていたときに、そこを人が歩いていたら...あるいは、自転車が走っていたら...、どうしますか?

どうしますかって? どうしようもない...確かにそうですが、それを原因とする死亡事故が現実に起きているんだそうです。

「高速道路で大型トラック対歩行者」という事故の構図。

認知症を患った方が、片側2車線の高速道路の中央分離帯側を歩いていた...そんな場面を想像しただけで、しかも、急にそんな想定外の場面に接したら、自らのハンドル操作さえ危うくなってしまいます。

亡くなられた方にはたいへんご不幸なことですが、事故を起こしてしまった運転手さんにとっても、そんな想定外の場面に接しられ、ある意味ご不幸なことだったとお察しします。

資料もあって、さらに驚いたのですが、京都府内の高速道路と自動車専用道路への歩行者の立ち入り発生件数は、昨年1年間で196件。内訳は、徒歩112件、自転車46件、原付37件。理由は、誤進入79件、認知症25件、故意21件、不明65件。年齢別では60歳以上が4割以上、とのこと。

紹介されていたのは京都府内のデータなので、これを全国で見たら、たいへんな数に上ることでしょう。

ですから、いまや高速道路を運転中に歩行者に出会うことは「想定外」だなんて言っておられません。

落下物や故障車、野生動物に出会う可能性もあります。

ですから、前のクルマに付いて、流れに乗って走っていれば安心、安全だなんて思うこと自体、問題なのだと改めて思います。

「常に緊張感を持って自分の進路の安全を確認しながら走って下さい」

そう文章は結ばれておりました。

お気をつけて。


<完>

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峠の国盗り綱引き合戦 on TV

今朝の人気TV番組「TBS はなまるマーケット」で「峠の国盗り綱引き合戦」の模様が全国ネットで放映されました。

「綱引きがありました」的な報道は、すでに地元の各局でもあったのですが、今回のものは歴史から、戦う前の模様を取材したり...で、結構、力が入っておりました。

その昔、25年前に遡るそうですが、当時の南信濃村(飯田市に合併前)と同じく水窪町(浜松市に合併前)が闘ったのが始まりなんだそうで、ここまで継続してくると、全国的な知名度はアップし、そうした発想の素晴らしさや、継続してきたことに対する高い評価もあって、今日では一大イベントとなりました。

TVの中では、飯田市長、浜松市長が駆けつけて、陣羽織に身を包んで戦のムードを盛り上げていました。

牧野飯田市長の心底力を入れて応援というか、綱引きメンバーを鼓舞している姿は、懸命さが伝わってきて、滑稽だなんて失礼であって、それを通り越して好感さえ。

過去の戦績や今回の勝敗が関心事であることは確かですが、でも、やっぱり企画のユニークさがなんとも際立っています。

聞くところによれば、始まった当時には今とは違ったルールだったとか。
それぞれのチームが麓の集落からこの峠を目指して山道を歩いてあるいは駆け上がり、そのあとから綱引きするルールだったんだそうです。地元を知る人なら、どっちの村から登ったって、たいした山道で、そりゃたいへんだったことでしょうに。それだけに、中には時間に間に合わないなんていうこともあったとか。
人数が揃わなければ、綱引きになりませんからね。今日でルール変更されて、今のスタイルになったんだとか。

そういえば、長野県知事が田中康夫さんだった頃に、彼が応援に駆けつけた...なんていうこともありました。

ともかく、最初は地元のささやかや行事、遊び心の集まりが、こうして注目を集めるイベントにまで成長したことは、例えばこれから新たなこうした試み、第二の「国盗り綱引き合戦」が生まれる可能性を示してくれているとも思えます。

折りしも、綱引きの翌日には、浜松市で「三遠南信サミット2011 in 遠州」が開催されたとのこと。

こうした広域連携を象徴するいわゆる「サミット」も19回も重ねられ、また、三遠南信自動車道の部分供用やリニア中央新幹線計画の路線計画確定を控えて、一層のこと関心が高まることでしょう。

そんな期待も感じつつTVの画面を眺めているのでした。


<完>

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「横浜モバゲー・ベイスターズ」って?

今シーズンのペナントレースが終わると、クライマックスシリーズ、日本シリーズと話題に事欠かないプロ野球ですが、ここにくると球団経営の移転のことなども話題に上ります。

そんな中、「横浜モバゲー・ベイスターズ」が話題に。少し前から囁かれていましたが、本決まりのようですね。

「横浜モバゲー・ベイスターズ」なんでも最初は違和感があって当たり前なのですが、今回の球団名もそれに近いでしょうか(笑)

そもそも、モバゲーって何? から始まるわけで。

経営に乗り出す会社にしてみれば、その質問に応えて、「モバゲーってこんなんです」とプロ野球を通して、知らない人に知らしめるわけですから、結果を急いではなりません。

横浜球団をTBSホールディングスから買収するディー・エヌ・エー(DeNA)社が、そこで運営する携帯ゲームサイト「Mobage(モバゲー)」の名称を冠する方向だといいますから、「ディー・エヌ・エー・ベイスターズ」とするか、今回のモバゲーにするか、たしかにこの程度の選択肢のなかでのことではあります。

この28日に球団譲渡成立を正式発表する予定だといいますが、本当はそこで正式な球団名が披露されることになるでしょう。逆転、「ディー・エヌ・エー・ベイスターズ」の可能性がないわけでもありませんが。

世間でも「DeNA」より「モバゲー」の方が認知度が高いでしょうから、その方がいいかもしれません。なんて言ったって、新規参入なわけですから、ファンに親しみをもって迎えてもらうには大きな武器になることでしょう。

しかし、横浜ファン、古くは「大洋ホエールズ」の頃からのファンの皆さんには、淋しい話です。

知り合いにも熱狂的な「エールズファン」がいます。
今では、クジラの捕獲問題が取りざたされ、世の中かわりました。
球団経営も当代を象徴するネットゲームの会社に移り、産業構造の栄華盛衰の構図を表すようです。

それはさて置き、ストーブリーグの話題の中心になること間違いなし。
今後の動向から目が離せません。


<完>

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週末の雨

ここのところ、印象として”週末の雨”を言う方がいらっしゃいます。

同感です。

印象の問題なので、2週連続で土曜日に雨が降ると、ぜん~ぶ...みたいな感覚は危険ですが、でも、10月といえば5月と並んで「晴天」イメージです。

観光の目玉をどこの企画でも人寄りしやすい週末や祝日・連休に絡めようとするのは世の常で、要するに「人出の取り合い」の状態。

そのことは、何処も避けられないわけですが、そうと狙った当の日に、天候に恵まれない...というのは、なんとも言いようが無く、各催事のご担当者さまの心中を察するより他ありません。

あの大鹿歌舞伎も、先週末の雨の影響で屋外(神社の境内)から屋内(中学校の体育館)に、会場を変更せざるを得なかったそうで。

ただ、代替手段により変更可能なケースばかりではなく、催事の内容によっては雨天であることが催事の存亡にかかわる(ちょっと大袈裟かもしれませんが...)場合だってあるでしょう。

例えば、運動会とか。

最近では、秋の三連休に可能性を託して、連休初日を第一決行日、二日目を大二決行日...と、当日と2日間の予備日を配して万全を期す...真偽のほどは不明ですが、そうした催事の計画もあるそうです。

とはいえ、仮に3日間の余裕があったとして、そのいずれの日にも参加なり対応が可能という方の確率は、少なからず減少するとは思いますが...

でも、予定の当日NG、代替が1週間後、より催事の運営が楽なのかも知れません。

ともかく、天候さえ問題なければ、こうした心配する必要も無く問題もないのですが...

週末くらいは、ぜひ、いい天気に恵まれたいですね。


<完>

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きのこの話

下伊那郡の北部にお住まいの方との話の中で、今年のきのこの作柄について話題に上りました。

去年の「まつたけ」が空前の大豊作で、かえって値崩れしたり、出荷停止になったりで、散々だったという話を聞いておりましたので、さすがに今年は...と思っていました。

ところが、今年は大凶作なんだそうです。

獲れすぎても困るし、さりとて、獲れないのはもっと困る...との話。

概要は理解できます。

ただ、その古老曰く、ここ30年来、毎年きのこの季節には自分の山に入って、趣味と実益を兼ねて、そこそこ楽しい思いをしてきたのに...今年は、彼のきのこ歴が始まって以来の不作とか。

どれか、特定の種類が...というわけではなく、どれもこれもなんだそうで。

量的には、平年を10とすれば「1」と言っていました。

ある特定の種類については、まだ見ていない...なんていう例もあるそうで。

その彼の場合は、自分の山のごく限られた範囲でのことと言っていましたが、商売にする人は収穫する権利のようなものをあらかじめ確保しておいて取り掛かるので、ここまで不作だと、そうした費用さえも出ないのでは...と、もちろん他人事ではあるのですが、たいそう心配をしていました。

どうも、9月中旬以降に、きちんと温度が下がりきらずに、だらだらと暑い日が続きましたが、そうした温度の変化で、一旦、発達を始めたきのこの菌が成長を止めてしまった...なんていう言い方をしていました。

たしかに、理屈は理解できましたが、何分にも天気が相手では”けんか”にならない...と。

そういえば、きのこ鍋の声をあまり聞かない気がします...とは、気のせいでしょうか?

ともかく、尊いきのこを使った料理は、贅沢料理と言えそうです。


<完>

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冷凍食品の日

「今日は何の日」...と、年がら年中、今日は何かの日に当たっている毎日ですが、当の今日は「冷凍食品の日」だったんだそうです。

冷凍の「凍」が「とう≒10」...なるほど、

冷凍食品の保存・流通温度での「-18℃以下」
この2つの数字にちなんで、10/18とされたんだそうです。

なるほど。

冷凍食品の保存・流通温度は「-18℃以下」だったんだ...初めて知りました。

そのことだけでも、意味があった!

それで、わが国ではイチゴを冷凍して商品化したのが最初だったとか。

今日では業務用も家庭用も、新鮮な素材をそのまま保存して、私たちの食生活には切っても切れない縁。

何から何まで、冷凍になって提供されているようにさえ思います。

冷凍にして提供することができない食材って、果たしてあるんでしょうか?
そんな風に思えてしまいます。

日持ちはするし、味は変わらないし、手軽に調理ができて手間いらず。

ほんと、現代に欠かせない生活必需品です。

さて、冷凍庫の中にはどれほどの冷凍食品が保存されていますか?


<完>

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レッズが心配

さいたまダービー、大事な一戦、大宮に敗れてレッズが危ない!

トップリーグ陥落、J2降格の危機にさらされている。

第29節を終え勝ち点29の16位。この勝ち点は、皮肉にも昨季J2に降格したFC東京と全く同じだとか。

たしか、1999年リーグだったと思いますが一回降格しています。

それで、ネットを読んでいたら、ナビスコカップ優勝とのジンクスも話題になっているようすで、ファンもフロントも気が気ではないでしょう。

ここで、J1とJ2の入れ替えについて、もう一度整理してみました。

○1年間順位の下位2クラブがJ2に降格し、J2年間順位上位2クラブがJ1に昇格
 ⇒ こちらは順位により無条件ですね。


○J1年間順位16位とJ2年間順位3位とで入れ替え戦を行って、勝者がJ1、敗者はJ2となる。
 ⇒ 入れ替え戦形式ですね。

レッズは当面、この16位に該当する可能性が高い!

モンテディオ山形とアビスパ福岡の最下位2チームはほぼ決まりでしょうから、レッズと15位を争うヴァンフォーレ甲府との関係に絞られるでしょう。

残すところ、あと5試合...レッズの戦いぶりに注目が集まります。


<完>

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秋の1日

毎年のことなのですが、秋には「食欲」だとか「読書」だとか「芸術」、「行楽」と、そもそも年中、いつでもいいことなのに、この時季にこそ...が言われます。

例えば食欲、生きていくために...だけでなく、味覚を楽しむとなれば、春には春の、夏には夏の、冬には冬の、それぞれ楽しみ方があるわけで、果たしてなぜに秋なのでしょう?

おそらく、いろいろな食べ物の収穫の時期が、ここに集中する...「実り」に由来するからだと思います。

だから、春のみずみずしい新芽の味覚とは異なった、秋ならではの実りの味覚が「食欲の秋」となるのでしょう。
やはり、「食欲の春」...やはり、ピンときませんね(笑)

さらに、読書や芸術、行楽に至っては、もはや「こじつけ」でしょうか?(笑)

ただでさえ季節感が失われたとされるこの頃に、好んで、限って読書したり、芸術を楽しんだり、はたまた行楽したりする「印象」は、刷り込まれたものではないかと思っています。

同じ行楽地に四季折々の姿があって、それをその時季にこそ楽しみたいですね。

と、今回は「秋」と「秋ならでは」とされるさまざまな事柄との只ならぬ関係を紐解きたいと思ったのですが、やはり「印象」なんでですね、きっと。

「土用の丑」にはウナギ...のような、あまり合理性はないけれど、でも、言われてみれば無理からぬ...的な関係だと思います。

そんなことばかり言っていると、情緒も何も無くなってしまいそうですが、ともかく、冬が早そうな今年のこと。

急ぎ、秋を満喫したいものです。

ただ、週末の天候が心配。

行事が目白押し、晴れて欲しいです。


<完>

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スッキリ勝利! 日本代表 ワールドカップ予選

新しい有望株が発掘され、また、獲るべき人が獲って、昨日に行われた2014年サッカーW杯ブラジル大会(2014 World Cup)アジア3次予選のタジキスタン戦は、チームにとってもたいへん実り多き一戦であり、勝利だったと思います。

これまで不足していた「高さ」を得たことで、日本代表はさらに攻撃に厚みを増すことになるでしょう。

すでに、9月1日の北朝鮮戦で日本代表デビューを果たしていたハーフナーですが、10月7日の対ベトナム親善試合では出場機会がありませんでした。
しかし、昨日のタジキスタン戦では代表初得点を記録して、W杯予選を戦う日本代表の新たな戦力となったのです。

日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督は、ハーフナーを起用した理由として
「クロスを有効的に利用するため」
としていました。

その身長、194センチから繰り出される打点の高いヘディングシュートは、相手チームにとっては常に脅威となることでしょう。

さらに、ゴール前でハーフナーについたマークを、他のプレーヤーが有効にオープンペースにして帯びこむ...間違いなく攻撃パターンも豊富になることでしょう。

おそらくは、歴代の日本代表にない最高到達点のヘディングを引っさげて、今後の予選、そして本大会での活躍を期待したいと思います。

ともかく、8-0とは久々に気持ちのいい勝利でした。

ありがとう、そして、がんばれ 日本代表!


<完>

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体育の日

当時を知る方に聞くと、その日の日本は全国的に真っ青な空が広がっていた...とおっしゃいます。

そう、東京オリンピックの開会式当日、1964年10月10日のことです。

それを記念して、10月10日を「体育の日」と定め、以降、国民の休日に関する法律の関係もあって、必ずしも10月10日が体育の日というわけにはいかなくなったようですが、今年はピッタリ、当時が「体育の日」そのものにはまりました。

当地でも、いろいろな地区で思い思いの体育に関連した催しが開かれたようで、この晴れ渡った3連休は、ほんとうに健康的な連休だったことでしょう!

オリンピックといえば、ロンドンに向けてさまざまな競技の予選が開かれています。

わが「なでしこ」は早々と出場を決め、また、男子も順調な滑り出しのようです。

明日に迎えた、ワールドカップ予選のタジキスタン戦と並んで、しばらく目を離すことができませんが、一戦一戦にスターが誕生し、また、実力を確かなものとして示しつつ、日々、進化していくu22です。

これまでに例を見ないほどの選手層の厚さも言われる中、フル代表にも匹敵する活躍を見せる選手も大勢いて、なんとも頼もしい限りです。

と、まあサッカーの話題にばかり集中してしまい、ちょっと恐縮していますが、もちろん、ほかの競技も含めて、来るロンドンオリンピックへ向けて予選突破と、本大会での活躍を期待したいところです。


<完>

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スティーブ・ジョブス スタンフォード卒業式辞 (日本語訳)

ここのところ、ニュースで採り上げられているスティーブ・ジョブス氏がスタンフォード大学の卒業式に際して贈った式辞の日本語訳がありました。

http://www.steve-jobs.org/ というサイトから引用しました。
ゆっくりと、しかも、しみじみと読んでみたいと思います。

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Steve Jobs Stanford Commencement Speech 2005

COMMENCEMENT ADDRESS.
ありがとう。今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。実は私は大学を出ていないので、これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。今日は私の人生から3つのストーリーを紹介します。それだけです。大したことありません。たった3つです。

ABOUT CONNECTING THE DOTS.
最初は、点と点をつなぐ話です。
私はリード大学を6ヶ月で退学しましたが、本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。ではなぜ辞めることになったか?
その理由は私が生まれる前に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。彼女は育ての親は大学を出ているべきだと強く感じていたため、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることになっていました。ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか?」という電話を受けたのです。彼らは「もちろん」と答えました。しかし、生みの母親も後で知ったことですが、母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。そこで、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、何ヶ月か経って、今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、気持ちが整理できたようです。これが私の人生の出発点になったのです。
17年後、実際に大学に入りましたが、私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは大学の学費に使われていました。半年もすると、私はそこに何の価値も見出せなくなっていたのです。人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。だから退学を決めたのです。それが全てうまく行く道だと信じて。もちろん当時はかなり怖かったです。ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、自分にとって面白そうな授業に集中できたからです。
寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに7マイル歩きました。これが私の楽しみでした。こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験があとになって値段がつけられない価値に変わったのです。ひとつ具体的な話をしてみましょう。
リード大学には、当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベルまで美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないのでカリグラフィの授業を受けて手法を学ぶことにしたのです。私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり文字と文字のスペースを変えていく概念についてつまり異なる文字のコンビネーション手法など素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、科学で把握できないほどの緻密さでしたのでそれは私にとって魅力的な発見となったのです。
フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。しかし、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時にその知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。こうして初めて美しいフォントを持つコンピュータが誕生したのです。もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないのでこうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。もし私が大学を退学していなかったら、あのカリグラフィの授業に寄り道することはなかったしパソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。もちろん大学にいた頃の私には、未来を見据えて点と点をつなげることはできませんでした。しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。
もう一度言います。未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。

ABOUT LOVE AND LOSS.
2つ目は、愛と敗北についての話です。
自分が何をしたいのか人生の早い段階で見つけることができたことは幸運でした。実家の車庫でウォズとアップルを創業したのは、私が20歳の時でした。私たちは仕事に没頭し、10年間でアップルはたった2人の会社から4千人以上の従業員を抱える20億ドル企業に成長しました。私たちは最高傑作であるマッキントッシュを発表しましたが、そのたった1年後、30歳になってすぐに、私は会社をクビになってしまいました。自分が始めた会社を首になるなんて不思議ですが、こういうことなんです。アップルの成長にともなって、私は一緒に経営できる有能な人間を雇い最初の1年はうまくいっていました。しかし、やがて将来ビジョンについて意見が分かれ、仲たがいに終わったのです。取締役会は彼に味方し、私は30歳にして会社を去りました。まさに社会的に追放された感じでした。私の人生のすべてを注ぎこむものが消え去ったわけで、それは心をズタズタにされた状態になりました。
数ヶ月は本当にどうしたらいいのか分かりませんでした。自分が前世代の起業家の実績に傷をつけてしまい、手渡されたリレーのバトンを落としたように感じました。私はデイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスに会いひどい状態にしてしまったことをお詫びしようとしました。まさに社会的脱落者となりシリコンヴァレーから逃げ出そうと考えたほどです。しかし自分がやってきたことをまだ愛していることに少しづつ気づきました。アップルを退任劇があってもは私の気持ちは全く変わらなかったのです。私は会社で否定されても、私はまだ好きだったのです。だからもう一度やり直すことに決めたのです。
その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは、自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻ってきたのです。あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。
その後の5年間に、私はネクストという会社とピクサーという会社を設立しましたし、妻となった素敵な女性と恋に落ちました。ピクサーは世界初のコンピュータによるアニメーション映画「トイ・ストーリー」を創りました。いま世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。思いもしなかったのですが、ネクストがアップルに買収され私はアップルに復帰することになり、ネクストで開発した技術は現在アップル再生の中核的な役割を果たしています。さらには、ロレーヌと私は素晴らしい家庭を一緒に築いています。
ここで確かなのは私がアップルをクビになっていなかったら、こうした事は何も起こらなかったということです。それは大変苦い薬でしたが、患者には必要だったのでしょう。人生には頭をレンガで殴られる時があります。しかし信念を失わないこと。私がここまで続けてこれたのは、自分がやってきたことを愛しているからということに他なりません。君たちも自分が好きなことを見つけなければなりません。それは仕事でも恋愛でも同じこと。これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだから、本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。さらに素晴らしい仕事をしたければ、好きなことを仕事にすること。もし見つからないなら探し続けること。落ち着かないこと。心の問題と同じで、見つかったときに分かるものですし、愛する仕事というのは、素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとに自分を高めてくれるものです。だから探し続けること。落ち着いてはいけない。

ABOUT DEATH.
3つ目は、死についての話です。
私は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。
自分がもうすぐ死ぬ状況を想像することは最も大切な方法です。私は人生で大きな決断をするときに随分と助けられてきました。なぜなら、他人からの期待、自分のプライド、失敗への恐れなど、ほとんど全てのものは…死に直面すれば吹き飛んでしまう程度のもので、そこに残るものだけが本当に大切なことなのです。自分もいつかは死ぬと思っていれば、何か失うのではかないかと危惧する必要はなくなるので、私の知る限りの最善策です。失うものは何もない。思うままに生きてはいけない理由はないのです。
今から1年ほど前、私は癌と診断されました。朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。医師たちは私に、これはほぼ確実に治療ができない種類の癌であり、余命は3ヶ月から6ヶ月と言いました。そして家に帰ってやるべきことを済ませるよう助言しました。これは医師の世界では「死」を意味する言葉です。それは、子供たちに伝えた10年分のことを数カ月で済ませておけ、という意味です。それは、家族が心安らかに暮らせるよう全て引継ぎをしておけ、という意味です。それは、さよならを告げる、という意味です。
私はその診断書を一日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方に生体検査を受けました。喉から内視鏡を入れ胃から腸に通してすい臓に針を刺して腫瘍の細胞を採取しました。私は鎮静状態でしたので、妻の話によると医師が顕微鏡で細胞を覗くと泣き出したそうです。というのは、すい臓ガンとしては珍しく手術で治せるタイプだと判明したからなんです。こうして手術を受け、ありがたいことに今も元気にです。
これは私がもっとも死に近づいた瞬間で、この先何10年かは、これ以上近い経験がないことを願います。こうした経験をしたこともあり、死というのが有用だが単に純粋に知的な概念だった頃よりも、私は多少は確信も持って言えます。
誰も死にたいと思っている人はいません。天国に行きたくても、そこに行くために死にたい人はいません。それでいて、死は誰もが向かう終着点なのです。かつて死を逃れられた人はいない。それはそうあるべきだから。なぜなら「死」は「生」による唯一で最高の発明品だから。「死」は「生」のチェンジエージェントだから。つまり古いものが消え去り、新しいものに道を開ける働きです。いまの時点で、新しいものとは、君たちのことです。でもいつかは、君たちもだんだんと古くなり、消え去るのです。あまりにドラマチックな表現なのですが、それが真実なのです。
君たちが持つ時間は限られている。人の人生に自分の時間を費やすことはありません。誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。自分の内なる声が雑音に打ち消されないことです。そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。心や直感というのは、君たちが本当に望んでいる姿を知っているのです。だから、それ以外のことは、全て二の次でも構わないのです。

STAY HUNGRY, STAY FOOLISH.
私が若い頃 "The Whole Earth Catalogue 全地球カタログ" というすごい出版物があって、私と同じ世代ではバイブルのように扱われていました。それはステュアート・ブランドという人が、ここからそれほど遠くないメンローパークで制作したもので、彼の詩的なタッチで彩られていました。1960年代の終わり頃はパソコンもDTPもない時代ですから、全てタイプライターとハサミとポラロイドカメラで作られていました。それはまるでグーグルのペーパーバック版のようなもので、グーグルが35年遡って登場したかのような理想的な本で、すごいツールと壮大な概念に溢れかえっていました。
スチュアートと彼のチームは ”The Whole Earth Catalogue” を何度か発行しましたが、ひと通りの内容を網羅した時点で最終号を出しました。それは1970年代半ばで、私がちょうど君たちの年代だった頃です。最終号の裏表紙は、朝早い田舎道の写真だったのですが、それはヒッチハイクの経験があればどこか見たことある光景でした。写真の下には "Stay hungry, Stay foolish." という言葉が書かれていたのです。 Stay hungry, Stay foolish. それが、発行者の最後の言葉だったのです。それ以来、私は常に自分自身そうありたいと願ってきました。そしていま、卒業して新しい人生を踏み出す君たちに、同じことを願います。
Stay hungry, Stay foolish. ハングリーであれ、バカであれ。
ご清聴ありがとうございました。

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アップルのスティーブ・ジョブズ会長死去

今日の午前中のこと、友人との会話の中で、あの iPhone ほか、さまざまな画期的な商品開発で有名なスティーブ・ジョブズ氏...アメリカのアップル社の会長が亡くなった...とのこと。

Appleフリーク、Macユーザーの友人にとっては、いわば「神」のような存在だったとのことで、それはそれはショックを隠せない様子でした。

それを照明するかのように、今日のニュース報道では、ジョブズ氏の生い立ちや偉業を伝える論調が大半を占め、ニュース的にも注目の的であったことが分かります。



企業のトップだった経歴からすれば、あのマイクロソフト社のビルイ・ゲイツ氏も、人として彼の死を大いに悼んでいました。
ITという分野で、ライバルではあるものの、さまざまな影響を与え合った彼らの関係からすれば、好敵手としておそらく尊敬をしあった関係でしょう。

パソコンという分野で、それまで数字やアルファベットの羅列を、私たちが言葉として理解できるような、あるいは、目で見て分かるようなインターフェイスに置き換えて、だれもが親しみやすく簡単に使える環境を提供してくれた功績には感謝の言葉のほか、見当たらないでしょう。

Jobsさん、あなたの功績は永遠です。

安らかに眠って下さい。


<完>

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朝晩、冷え込んでます。

10月1日は衣替えとは良く言ったもので、カレンダーの関係から実質、今日が10月のスタートです。

その朝から、とんでもなく冷え込んだ気がして、思わず身震いしてしまいます。

ノーネクタイの背広無しに慣れてしまった体には、この「寒さ」は耐えます。

感じとしては「涼しい」を通り越して「寒い」があたってます。

周囲にも、寒気がしたり、鼻水気味とか言って、体調を崩している人が大勢いるし、ニュースではいくら北の方の話とは言え、岩手県の岩手山では例年より25日も早い初雪のことを聞くと、ちょっと異常な感じさえします。

さすがに当地では雪の話は聞いていませんが、時間の問題と思います。

日本気象協会の長期予報を見てみたら...
「向こう1か月の出現の可能性が最も大きい天候と、特徴のある気温、降水量等の確率は以下のとおりです。
天気は数日の周期で変わるでしょう。
向こう1か月の平均気温は、平年並の確率50%です。
週別の気温は、1週目は、低い確率80%です。
2週目は、高い確率50%です。
3~4週目は、平年並または高い確率ともに40%です。」

とあるとおり、1ヶ月で予報すると、平年より高いも低いも、確率50%なんだけれど、1週目だけで考えると「低い確率が80%」とあるので、やっぱり、予報からしてみても寒いことが裏付けられます。

そうは言っても、いきなり真冬と言うわけでもないので、徐々に徐々に体が慣れるように、寒さが増していって欲しいものです。

ただ、ブログなど見ていると、やれコタツを引っ張りだしてきただの、薪ストーブ用の焚き木の準備をしたとか、季節感が溢れる書き込みが多数見られました。

体の慣れもそうですが、今年に限っては早め早めの対策が必要かもしれません。

みなさま、お大事に。


<完>

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阿島傘

懐かしい阿島傘の記事がありました。

当地、下伊那郡喬木村の阿島には、古く江戸時代から伝統の和傘として「阿島傘」があります。

その資料館ができたという記事です。9月29日に開館式があったという話です。

製作するための工具や関係する文書などが集められていて、1994年からあったという阿島傘伝承館ですが、手狭になったために、新たに資料館として建設したものだとか。

場所は、その阿島傘伝承館に隣接していて、工程を説明した写真や絵や工具などおよそ500点ほどが展示されているんだそうです。

聞くところによれば、その昔、小学校の置き傘として、1本1本に生徒さんの名前が記された和傘が配置されていた頃もあったとか。

いつの間にか、こうもり傘に変わって、そんな和傘の置き傘なんて流行らなくなってしまいましたが、今となっては当時を懐かしむ声も聞きました。

そもそも、阿島傘は江戸時代の中ごろに京都からの旅人の往来により工法が伝わったとかですが、今日ではたったの1軒だけが残っているんだとか。

洋傘とはまた違った趣がありますし、まして、和服を召されたときに洋傘との取り合わせというわけにもいかず、ぜひとも残って欲しいものです。

資料館は一般にも開放(入館無料)されていて、「阿島傘の会」のメンバーさんによる案内もあるんだとか。

ただ、事前の申し込みが必要という話なのでご注意ください。

問い合わせする場合は、喬木村の教育委員会までどうぞ。

℡ 0265-33-2002まで。


<完>

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