南信州・遠山の保険屋さん便り

南信州は遠山郷の損保・生保代理店M&Mトオヤマです。姓は遠山、生まれも育ちも遠山にです。皆様には親子2代で大変お世話になっております。さあ、ここは2代目遠山の見た遠山郷の話題を中心に日々を綴ります。

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三六災害から50年

早いもので…などと申し上げれば、僭越かもしれませんが、50年を迎えるんですね。

正確には「昭和36年梅雨前線豪雨」と表すのだそうですが、通称では「三六災害」で「さぶろくさいがい」、あるいはさらに短く、」「36災」で「さんろくさい」なんていう言い方をするかたもおられます。

呼称のことはともかくですが、そうした言い方にまで表されるほどに、当時を知る方にも、知らない方にも、当地の多くの人たちの心に刻まれているんだと思います。

6月になって、その災害のことをさらに後世に伝えよう、そして、被災の苦難をあらためて防災の意識に誓い、そしてご不幸にも亡くなった方々の鎮魂を再び、と様々な思いと考えが込められた催しが企画され、そのいくつかは既に実施されているそうです。

昭和36年(1961年)の6月24日から7月10日にかけての大雨により、伊那谷など天竜川流域では、河川の氾濫や土砂災害によって甚大な被害を被ったわけで、当時、小学生だったある知人も、すでに還暦を迎えたほどです。

山地防災という意味では、この50年間には随分と対策が進み、その土地土地の姿かたちを代える保護に様変わりしてきていますが、ただ、何事にも万全という言葉があるわけでもなく、いったん事が生じた場合のことを想定した、訓練などなど、月並みですが普段からの備えが必要だ・・・と、古くを知る方々は口を揃えられます。

大鹿村の大西山付近は、今日でこそ春になればその桜が人々の目を楽しませてくれる一帯となっていますが、少し離れてその山肌を観たときに、その全体が崩落したのだと考えると、背筋が寒くなります。
圧倒的な災害規模の大きさを知らしめてくれる、そんな佇まいに言葉がありません。

この「19日には、市内で36災のシンポジュームが企画されているとか。

時間を割けたら、と思っています。


<完>

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