南信州・遠山の保険屋さん便り

南信州は遠山郷の損保・生保代理店M&Mトオヤマです。姓は遠山、生まれも育ちも遠山にです。皆様には親子2代で大変お世話になっております。さあ、ここは2代目遠山の見た遠山郷の話題を中心に日々を綴ります。

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梅雨明け宣言がありました

もういいでしょう...というのは、大方の梅雨明け宣言に対する見方でしたが、ようやっと明けました。

ただ、ちょっと気になる点があって、知人とも話していたら、やはり同じようなことおw感じていた・・・という話になり、全国的にも大勢いらっしゃるのでは。

そう思って書いてみました。

要するに

「梅雨明けしたと、みられると発表した」

という文句です。

「と、みられる」という言い方は、なんとなく他人任せな感じがしませんか?

「梅雨明けしました」

と、どういう理由でもって書けないのか? 書かないのか?

知人にこの辺り詳しい人がいたので、それとはなしに尋ねてみました。

すると答えはこうです。

「いったん梅雨明け宣言しても、その先の天候のことなどを判断して、やっぱ違ってました」

ていう可能性が無いわけではないんだそうです。

ホントかどうか、彼の言を信じるしかないのですが、例えば、これまでにも「梅雨明けはいつ?」と宣言を待っていたら、グズグズしていてかなにか理由は知りませんが、結局のところ宣言がされなかったこともあったように記憶しています。

ニッポンにも梅雨という「雨季」があって、恐らく入梅は必ず宣言されるのでしょうが、その出口については、どうもあやしい。つまり、入ってみたはいいけれど、いつ出たのか知らないうちに明けていた・・・なんていう話です。

まあ、何でも決まりよく考えたら、梅雨明けは必ずあって欲しいのだけれど、一定期間に判断が付かないと宣言しない、できない・・・そうした延長で考えたら、いったん宣言した日付が変更になることだってあるでしょうし。

そうした背景から、例の「と、みられる」という表現なのかもしれません。

重箱の隅をつつくような話題になりましたが、それほどに天気って気まぐれということの証明なのかもしれません。なんて言ったって「気」がつくくらいですから「気」のもの、「気配」のもの・・・なんですね。


まだまだ暑くなります。ぜひ、ご自愛ください。


<完>

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