11月の初めにしては、ここのところ冷え込みが厳しい、そう思っておりましたら今朝はさらに冷え込んだようすで、うっすらと霜が降りておりました。
今朝の中日新聞の朝刊には、昨日3日朝の写真ではありましたが、美ヶ原・北アルプスが印象的に紹介されておりました。
まさに冬本番を迎えた感じです。
季節はいっきに1ヶ月も進んで、12月初旬の気候とかですから、それもそのはずです。
新型インフルエンザのことも気になります。
お大事に。
<完>
南信州ではいっせいに市田柿の季節を迎えました。
先週末は、柿農家の皆さんは一家総出で、あるいは、若者を頼んでの柿の収穫に明け暮れたことでしょう。
知人の宅では爺さん婆さんが大切にしていた柿畑があって、お年寄りの足腰がまだまだ丈夫だった頃には、それはそれはたいそう立派な軒先の柿すだれが目を楽しませてくれていたそうです。
ところが、ここのところの老夫妻の体の具合のことや、従来とは異なって品質や衛生面での基準のことが、あれこれ言われるようになったことが手伝ってでしょうか、市田柿を諦める農家さんの例も増えていると聞いたことがありました。
残念ながら、こちらもそのケースらしく、勤めに出ている息子さん夫婦とお孫さんの手を借りて、やっとのこと収穫に漕ぎ着けていたんだそうです。
そういえば、昨年の秋は柿の生り年、裏表で言えば表年だったとかで、冬の寒空に取り残されて熟した、そのままの柿色が淋しそうだったことを思い出しました。
こうして、採り手、作り手を外に頼める場合はまだしも、そこまでできないケースも数多くあって、市田柿の先行きを案じていらっしゃる方も大勢いらっしゃるようです。
さらに干す手間に加えて、干し放し…というわけにもいかないことから、湿度や温度管理など面倒を看ることまで考えると、それはもう並大抵の努力では行かない…とも聞き、なんとも複雑な思いがします。
全国的に地域の過疎化や高齢化という、市田柿に限ったことではなく、構造的な問題を抱えているだけに、そう簡単に当地jにフィットした具体策というわけにも行かず…、さりとて、ただ指をくわえているわけにも行かず…。
とにかく、市田柿を栽培して加工して、商品とすることに若い人を中心に魅力を感じてくれることを望むばかりです。
とりとめもなく、ただ案じるばかりです。
<完>
円楽さんといえば、私らの中では「あの円楽さん」なのですが、なんとその円楽さんは5代目だったんだそうです。
その円楽さんが亡くなったとの報道を受けて、ニュース番組を観ておりましたら、いずれのニュースも大きな扱いで、その大きなニュース性を象徴していたかのようです。
その円楽さんは永らく「笑点」の司会者で知られていましたが、体調不良を理由に番組を降板され、淋しく思っておりましたら、この度の報です。
いかにもテレビ受けする特徴的な風貌ももちろんですが、個性的な語り口調はなんとも魅力的でした。
こんな風に落語家さんの訃報が大きく採り上げられるケースは稀ではないでしょうか?
ここ暫く、円楽さんの生の声を聞けなくて淋しく思っておりましたが、いよいよ二度と肉声を耳にすることができなくなってしまいました。
せめて記録映像の中であっても、円楽さんのあの馬面にもう一度会いたい、落語を聴きたい、さよなら円楽さん…。
ご冥福をお祈りしています。
<完>
どこのメディアも口と筆をそろえたように
”運命の…”
そのドラフト会議が無事終了しました。
注目選手の交渉権を得たのは、報道のとおりでここでは詳しい内容は遠慮します。
さて、毎年のことですが、
「運命」を演出するそのドラフトのシステム自体にはいまでも賛否があると聞きます。
人が知恵を絞って決めたルールですから、そのルールそのもの、あるいは、運用の方法について意見があることは当然でしょう。
しかし、このドラフト会議はとてもショーアップされた感があって、別の見方があることも否めません。
運命選択の現場であるからこそ、出会いの当事者が公明正大に公開の場で行われるべき性質のものであることは理解できます。
だから、籤を引き当てた側の喜色満面の表情…、そして、意中の球団に引き当てられた側の様々な表情…それらがつぶさに実況され、だからテレビ向きの、格好の素材です。
そんなことも手伝って、野球のことを知っている人はもちろん、そうでない方も巻き込んで、オフ・シーズンの一大イベントは国民的な関心事になっています。
野球に注目が集まることは、たいへん素晴らしいと思います。
そこには、”運命”を弄ぶが如く賛成できないという意見、そして、職業選択の場面に選ぶ・選ばれる手続きは必要という意見、どちらも頷け、耳を傾けることができます。
でも、籤引きを方法に借りて、戦力の均衡を図ろうという、そもそもの発想に問題あり?
あこがれのチームに、そこをあこがれる人々が集まって、自然にチームが形成される…理想的なスタイルは望めないのでしょうか?
以前と違って、今日では価値観も多様化し、一極に人気が集中するようなことは少なくなっているようにも思えます。
いずれにしても、どちらの選手も今のルールで帰属することになったチームで全力を尽くされんことをお祈りしています。
<完>
友人との会話。
「燃料の残量警告灯が点灯したら…どうする?」
どうするもこうするも、
「そろそろ給油しなさい」
と警告を発しているわけで、給油するしかない…そのとおりです。
しかし、警告灯が点灯したからといって、すぐ対処することができない事情も考えられます。
付近にGSが無い、カードの使えるGSが見つからない…。
では、いったい警告灯が点灯して、あとどのくらい走ることができるものなのか…。
同じ車種であっても、乗車人数や荷物の重さ、走行速度、エアコンのオン・オフなどの条件によって随分と変わりがあることは、どなたも体感していらっしゃることだろうと思います。
友人のケースでは
「150kmくらい行けたことがある」
とのことで、それは随分と距離を稼いだものです。
残量が何リットルになったら点灯します…と分かっていれば、平均的な燃費から概算して走れそうな距離を推量することも可能でしょう。
でも、坂道にさしかかると点灯し、平地を走行すると消灯する…そういう話もあって、ヒヤヒヤドキドキを経験された方も多いでしょう。
車種によっては、残燃料を把握して、走行可能な距離を表示してくれる機能を装備したものもあります。
土地勘があって、GSの位置や営業時間など承知している場合はまだしも、出発の時間を問わない急な遠出の可能性など考えると、警告灯のお世話になる前に、早めの給油を心掛けたいものです。
警告灯の機能そのものが故障した場合のことを考えると、それ自身に頼ることは考え物かもしれません。あくまでも目安としたいものです。
<完>